Concept

地と図の関係を見直すときが来た

僕たちは今、正直なところ、迷っている。

今まで当たり前だと思っていたものに、大変なリスクが内在していたことを気付かされた。気付いたというよりは実感させられた。リスクとは価値だ。理屈では分かっていた。でもそれが無難に稼働しているうちは、その存在にすら気付かないことがたくさんあった。ライフライン、交通、通信、信頼、福祉・・・そういったものの捉え方を今一度見直さなければならない。つまりそれはアイデンティティの再構築に他ならない。

 

「地」と「図」という物事の捉え方がある。絵で言えば、地とは背景、図とは描写される対象である。つまり図が人間の五感の注意を引くものであるのに対し、地は図に大きさと輪郭を与えるためにのみ存在する。だが、図は地がなくては存在できない。この捉え方を拡大すれば、地は「普遍的にあって当たり前と思い込んでいるもの」、図は「変化するオブジェクトとして認識できるもの」と言える。 我々が何不自由ない平和な日々を送っていた頃、我々の喜怒哀楽の中心的な話題はほとんど図の変化に集中していた。もっと言えば好みの図の許容できる変化分の中で一喜一憂することが人間らしい生活の美徳であったし、平和の象徴だった。

しかし今、その平和を支えていた地が揺らいでしまった。地の最も根本的な部分に降りて行って立て直す必要に迫られたのだ。しかも前と同じ地では駄目で、補強よりも修正、修正よりも創造が求められている。そして、地の揺らぎと変化は、既存の図の意味を大きく変えた。我々人間の感覚では捉え切れない大きさで様々なものが損傷し、書き換えられ、混ざり合って、まるで混沌としたノイズの海のように不気味にうねっている。

 

僕のような若造が「これまでの平和は長過ぎた」とか「私利私欲に眩んで罰が当たった」とかそんな生意気なことを言うつもりはないし、誰であれ、そんな偽善的な言葉を発したところで糞の役にも立たない。

 

正直に告白すれば、何から手を付けたらいいのか分からないのだ。僕は物理的に被災していない。身体も十分に動く。何かに突き動かされるような意欲と行動力にも満ちあふれている。それと同時に、何を守らなければいけないのか・・・彼女、家族、友人、仕事・・・今までの感覚で反射的にそういう単語だったらいくらでも言える。だけど、それらをどんな状況でどう守ればいいのか、どんな危機が想定できるのか、想定される危機はどのくらいの確率で何時頃訪れるのか・・・分かるのか、分からないのか、そもそも考えても無駄なのか・・・そういった潜在的な不安を掘り起こして行ったら切りがないように思う。

 

もう一つ、今の心情を正直に告白すれば、ありのままを直観する(直接、観る)よう心がけ、それがいくら不完全であろうと、自信の信念に基づいて反応し、行動に移すしかないのだと思う。自分がこんなにも不完全で、人間という生き物に完全などあり得ないということをこれほど深く実感したことは、これまでの人生で経験することがなかった。

「この世には完全な人間がいて、1日でも早くその人に近付けるよう努力する必要である」と、迷信のように思い込んでいた。それは単に逆説的な妄想で、自分の好き嫌いを他人のせいにしたかっただけなのだと、今は思う。

 

 

実はこのテキストは、明日に迫ったイベントの告知に添える文章として書き始めたものだ。この文章を書き始める前、イベントの運営に関わるメンバーでかれこれ3時間に及ぶディスカッションを行った。震災以来、メンバー同士顔を見ながらまとまって話をする機会は初めてだったから、皆それぞれに吐き出すものがあって、とても充実したミーティングを持つことができた。

国家の非常事態に音楽イベントをやるということ。

大変なときにみんなで集まれるという喜びと、それに伴うリスクや不安。

アーティスト、イベンターとして、この状況の中何をすべきかという問いかけ。

情報の整理、共有。

ひっくるめて、いかにして楽しむかという試行錯誤。

 

もうすでに2年続いているイベントだが、正にゼロから洗い出すように、メンバー同士頭をひねった。

 

結果、「正直に、ありのまま、やろう!」という(なんとも抽象的で申し訳ないが)そういう気持ちを確かめ合って、それぞれの持ち場に戻ったのだった。無論、酒に酔ってそのまま寝た奴もいることは言うまでもない。

 

 

随分と長い前置きを書き込んでしまったが、明日のイベントでは音楽に加えてもう一つ全く違う分野のコンテンツを盛り込むことになっている。

 

3.11の震災の影響で、数多くの専門学校や大学で卒業展示が中止になってしまっていることをご存知だろうか。

僕の彼女がこの一年間通ったくつ製作を専門に教える職業訓練校の卒展 = 台東分校 製くつ科 39期生卒業展示もそのひとつ。

今回縁あって、学校側のご理解も得ることができ、「自由参加」という体裁の下、台東分校所属の生徒さんたちが制作した作品を一部、イベント内で展示させていただく運びとなった。出展する生徒さんたちも当日は会場に足を運んでくださるので、直接交流を持つこともできる。普段なかなか交流を持つことの少ないくつ製作の世界に触れてみてはいかがだろうか。

本家卒展の中止が決まってから実質3日という非常にタイトなスケジュールの中、当イベントとのコラボレーション実現にご尽力いただいた全ての方へ心から感謝!音楽イベントとしても卒展としても、また、人々が交流する場としても、最高のパーティになるようスタッフ一同頑張ろうと思う。

 

 

All the best

 

Shin Nakamura (Basic Werk / color-music), Mar 19 2011